先生

高校時代に数人落書をした。
当時笑って許してくれた奇特な人間は貴方と、あの人だけ。

久し振りにお会い出来て幸いでした。

『もしかして、○○？』と
最早誰も呼ばなくなった名字と名前で控えめに声を掛けられた。
其れだけでは振り返らなかったかもしれない。
相変わらずの全身黒い姿に瞬時に思い出す、
相手の名前と、思い出を。

貴方は何時まで経っても変わらなくて、
教え込まれた物が有るとすれば『適当』と『堕落』。
教室で会った事は殆ど無く、大抵屋上か保健室。

具合が悪い人間が目の前に居るのに
『その辺で適当に寝てろ』でベッドを譲らなかった。
『お前に『先生』と呼ばれると背中が痒くなる』と
有り得ない理由で大人気無くも心底嫌そうな顔を浮かべた、
教師とは到底思えぬ教師。
其れでも呼び続けて、名前を口にしたのは多分、
卒業の日の一度だけ。

『まだ切らないのか？』と
伸びた髪に触れ乍の問いかけに
苦笑を浮かべる事しか出来無かった。
一房手にした其の毛先に落とした口付けは私宛では無くて。
ただ、伏せた視線が上がった其の眼差しが、
『餞』の意味をも含んでいた。

―――憶えていて下さって有難う、先生。
…矢張り此方の方がしっくり来る。